ひたすら雰囲気で投機するブログ

資本主義に真正面から立ち向かうスタイル

汎用機としての人間

20世紀の労働者は,機械の代わりになることを要求された.

生身の人間が最も汎用性に富んだ安価な機械であった.

 

労働者は過酷な環境を強いられたが,得られる報酬によって家庭を築き,家を建てることができた.人間自体に価値があったのだ.

 

「人間であれば誰でもよかった」というのが大半で,その個性は報酬に反映されなかった.これは20世紀の資本主義の最も輝かしい側面の一つであった.

 

では21世紀の我々労働者はどうか?

嫌なことを我慢し,働き続けても豊かに成れなくなった.

前世紀の人類が,普通に生きているだけで難なく得られたものにすら,まるで手が届かなくなった.

 

私たちの身に何が起こったのか?

汎用機としての人間の価値が下がったのだ

巷ではAIが人間の仕事を奪うだの叫ばれているが,既にテクノロジーは我々汎用機の居場所を侵食しているではないか!

 

人工知能は,人間の仕事を奪いに挑戦しに来るのではない.

弱り切った人間にとどめを刺しに来るのだ

 

自分たち汎用機がチャンピオンで防衛戦をするかのような態度ではもう手遅れだ.

時間はもうあまり残されていないかもしれない.