ひたすら雰囲気で投機するブログ

資本主義に真正面から立ち向かうスタイル

外交は非合理的である. -世界が正しい判断を下せなかった理由ー

外交とは国家間の生存競争そのものであります.

それは生存本能という,生物が有する最も原始的な性質によってコントロールされます.従って,外交を合理的プロセスによって処理しうるという仮説は極めて疑わしいと看做さなければなりません.

 

例えば,世界が十分合理的であるならば,第一次大戦は起こり得なかったはずです.第二次大戦などは言うまでもありません.これらの災禍は,合理的根拠に動機付けられて始まった現象ではなく,むしろ,本能的,原始的,非合理的プロセスの結果であったわけです.

 

近年の国際情勢をみると,「世界は合理的な判断を下すはずだ」という楽観に満ちていると感じます.トランプ大統領がやりたい放題振舞っているのは,弱小国が刃向ってくることなどあり得ないという驕りの表れです.なるほど確かに商売の世界では理性が最優先されます.非合理的な判断をしてまで金勘定の損得に拘る者はいないからです.

 

しかし,外交は別です.外交とは生命のやり取りそのものです.つまり,外交において国家は,時として目先の損得以外のものに左右されます.それは例えば,その土地に代々根を張ってきた人々の歴史であり,生活であり,プライドです.余所者からすれば無価値だと思うようなものに,異常なまでの執念を燃やすことがあり得るのです.

 

トランプ大統領は,根本的に外交を理解できていません.この点,かのヘンリー・キッシンジャーは卓越した外交センスを持つ人間でありました.それは,外交が人間感情の総体であるという本質を理解できているかどうかという違いであります.

 

世界とは,正しい判断が出来ない生き物なのです.