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プロセスを評価することの危うさ -目的集団の腐敗過程ー

結果じゃなく,そこに至ったプロセス(努力)を評価しろ!

こういう声が随分前から頻繁に叫ばれていました.それは例えば,学校教育における評価の在り方で議論されました.

 

「一生懸命頑張っている子がテストでいい点を取れなかった.だけど彼はまじめに授業を受けていたし,客観的に見て良く頑張っていたから,ゲタを履かせてやろう.」

これが,戦後日本の教育者の基本的態度でありました.

 

これは一見温かな人間味あふれる教育の理想像のように見えます.しかし,果たしてこれで良かったのでしょうか?努力の割に結果が伴わなかったことを冷静に分析し,どうすれば彼の成績が上がるかというテーマに真摯に向き合うことこそが教育者の真の姿であったはずです.

 

結果が無視されれば,評価される側は評価する側に媚を売り始めます.生徒は勉強ではなく,教師に人間的に取り入ることが目的となってしまうのです.ここに,ある目的集団が腐敗していく過程を見ることが出来ます.

 

会社組織においても同じことです.プロセスを重視すればするほど,目的集団はその本来の目的から逸脱していきます.とりわけ過去の慣習から正しいとされてきた手続きを踏んだこと自体が評価されます.一方,それによって生じたアウトプットを精査することはしません.

 

「彼は”正しいこと”をしたのだから,結果はまあ大目に見ようじゃないか」

こうして目的集団は,馴れ合い村社会へと変貌を遂げていくのです.